東日本大震災の爪痕 岩手県

2011年3月11日は我々日本人にとって大変な出来事でした。

震災が起きて5ヶ月後に『心のおくりびと」金の星社刊の取材で岩手を訪ね、いろいろな方からお話を聞きました。

震災に遭われた皆さんが口々に出る言葉は「時間が過ぎると人の記憶から消え去ることがいちばん怖い」と言っていました。私はこの事実を決して忘れない事もひとつの支援ではないかと考えます。

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『心のおくりびと』 金の星社 刊

 本の中から一部抜粋しました。

 

復元納棺師とは、事故や災害で傷ついた遺体を、生前の姿に重ね合わせて復元する、

という仕事をする人です。

それは、遺族と亡くなられた人との思い出をつなぎ、心の絆を取り戻すための仕事です。

 

東日本大震災の十日後、留似子と菊池はその女子高生と対面した。

美しかったであろう長い黒髪は、津波で砂のヘルメットのようになっていた。

 ニ人は故人の前に静かに座り合掌すると、白衣とマスク、医療用の薄手のプラスチック手袋を身に着けた。

「お疲れさまでした……。」

静かに、しかし、はっきりとした声で留似子は少女のほほに手を当ててそう言った。

 祖母からの話によると、少女は陸前高田市で地震の後、避難所まで逃げたが、その避難所が津波で流されて亡くなったという。

 少女の父親はまるで現実を受け入れられないのか、下を向いたまま、涙流すことも忘れ、畳をにらみ続けている。少女を救えなかった自分を責めていることは明らかだった。

 

「ちゃんと、きれいな元の姿に戻すからね……。もう、安心していいんだよ……。」

 家族には隣の部屋で待機してもらい、留似子は復元の作業に取りかかった。

 人は誰でもいつかは死ぬ。そして、死んでしまえばその肉体は滅びる。しかし、その人が生きてきた証は、肉体が消えても思い出となり、遺族の心の中に生き続ける。

 留似子は少女のほほに触れながら言った。

「お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんに……楽しい思い出をいっぱい残してくれたんだよね……。だから、最期は最高の笑顔で、その思い出をみんなに贈ってあげよう……。」

 少女の命が終わり、遺族がその亡きがらとお別れする時が、思い出を継承する「始まりの日」となる。

その「始まりの日」に少女には笑っていてもらいたい。自慢のロングヘアをきれいに整えてあげたい。

少女が笑った顔でお別れできれば、遺族は少女の笑った顔をたくさん思い出すだろう。

 留似子が、何としてでもきれいな姿に戻し、命の最期を送り出したいと思うのは、もちろん少女のためでもある。しかしそれ以上に、愛しい人を失った悲しみの中でこれから生きていかなくてはならない家族のためだ。

 少女の「死」を受け止め「遺体を復元」することは、留似子にとって、残された家族への「生きること」に対する支援なのである。

 留似子は、少女の祖母から借りた少女の、生前の写真をもとに復元を開始した。

 まずはほほに付いた傷。出血部をふき取りきれいにすると、脱脂綿を丸めて陥没したところに皮膚と平らになるように埋め込む。その後、リキッドファンデーションと保湿クリームを混ぜ、それを指先でそっと叩くように傷ロに重ねる。丁寧に何度も繰り返し、その後ファンデーションで修正すると、傷があったとはまったく分からないほどになった。

 

 次は目を修復し、左右均等にまぶたのふくらみを作る。

 そして、鼻、ロ……。何度も写真に目を落としながら、集中カと指先の細やかな動きで整えていく。

ロの仕上げをする時には、笑っているように見えるように、ロ角を少し上向きに整える。

 その間に、菊池はタッパーに水と特殊な薬品を入れて、少女の髪の毛を洗う。何度も何度も、丁寧に少しずつ、水と薬品を使って、髪の毛に付いた全ての砂を徹底的に洗い流す。

 そして眉毛。留似子が写真と見比べながら、丁寧に眉の色をのせていくと、うっすら、少女の眉が戻った。

「……うん……こんな感じかな……。」

 髪の毛も、写真通りに分け目を整え、リンスをかけてくしが引っかからないようにとかす。

 そして、顔全体。留似子が復元の際、最も神経を集中させるのが、故人の表情の中にある「笑いじわ」だ。どんな若い子でも、顔に表情線がある。それを表情筋マッサージで見つけ出し、再現するのである。このしわを復元すると、その人のもっていた性格まで、すべて分かってしまうから不思議だ。

 そして唇。ほほの色と調和するようにうっすらと色を付ける。

「かわいい……。」

思わず留似子のロから出た言葉だった。

 復元が終わると、身体を清めて、旅立ちの衣装を着せる。少女には、祖母によってかわいらしい晴れ着が用意されていた。

「きれいな、あなたの姿に戻ったよ……。さあ、みんなに見てもらおう……。」

留似子の合図で、家族がおそるおそる部屋に入ってきた。祖母が真っ先に少女の前に座った。

「ああ……眠っているみたいだ。……おい……起きてみろ……ほら……。」

 

今まで涙一つ流さなかった祖母が、目にいっぱい涙をためていた。その声につられて、父親が少女を見て号泣した。

「守ってやれなくて……ごめんな……ごめんな……。」

母親も泣きくずれた。祖父も大声で泣いた。兄弟も、みんな泣いた。

 留似子が来た時は、泣くことすら忘れていた遺族が、元に戻った少女の顔を見て、いっせいに泣いた、いや、泣くことができたのである。

 今日、この時こそが少女にとって「旅立ちの支度が整った日」であり、遺族にとっては「少女の思い出を継承する大切な日」となる。

 復元後の少女の眠ったような穏やかな表情は、悲しくつらい思い出ではなく、きっと素晴らしい思い出を残してくれることだろう。

 失っても、人は、その思い出とつながって生きていける生き物である―ー。

だからこそ、命のある限り、いい思い出をたくさん作らなければならない。

大切な家族のために、そして自分自身のために……。

 

 

 

                         (文:今西 乃子 心のおくりびとより)